2017年 12月 10日 ( 1 )

2017年 12月 10日

平仮名の始まりを書いた国宝

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今日の話題は私自身も知らなかった平仮名の始まりの話です。

あらかじめお断りとお願いをしておきますが、知らない人があちこちの資料を探して書くのですから、これは違う、ここは間違いだという点が多々あると思います。お気づきになりましたら、遠慮なくご指摘くださって、正しい答えを教えていただければ、私自身の勉強になります。
よろしくお願いいたします。


話の始まりは、私がいつも見ている静岡新聞の子供向けタブロイド判に載っていた漫画と文章です。

いつものように切り抜いてスキャンしました。
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上段の中央の写真を拡大します。
秋萩帳(あきはぎちょう)の第一紙中央の部分です。
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これでは読めないので、草仮名(そうかな)で歌が二首書いてあるうちの右側の歌を、すべて漢字で書き、次にその読みをすべて平仮名で書いてみました。
そして左側は、今使われている漢字仮名混じりです。
それが下の図です。
(あるサイトの解説に従って一部の漢字は今使える文字に直したり、文字を追加ています)
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なんだか私のことを詠んだ歌のような気もします。


いま私たちは日本語で文章を書くとき、漢字、平仮名、片仮名を混ぜて使っていますが、昔日本に文字がなく中国から漢字が伝わってきた当時は、日本語の言葉を文字であらわすためには全部漢字を使っていました。
それでは不便だと、あの、柳の枝に飛びつく蛙の絵でおなじみの小野道風が書き始めたと言われています。

その時の最初の書物(紙をつなぎ合わせた巻物)で、平仮名の先祖と言われる「草仮名=そうかな」で書かれている「秋萩帳」と言われるものです(東京国立博物館蔵)。

このタブロイド紙は、子供向けと言うことで、漢字にはすべてルビがふられています。
子どもたちがこの漫画を見て、理解できるかな?と気になりました。
私にも少々難しかったので。

何しろ漢字から平仮名が生まれるまでの過渡期の文字ですから、私は最初に拡大した秋萩帳の文字を平仮名に直せませんでした。

この草仮名の後に万葉文字とか万葉仮名と言われるような文字が作られることになったわけですね。
そして最終的に現在のひらがなが出来上がったという話です。

余談
先日、防人(さきもり)の歌を少し見ましたが、これは全部漢字だけで和歌が書かれていました。(私は行ったことはありませんが)中国語が解らずに中国に行っても漢字で書かれた看板を見れば大体が解ると言った人がいましたが、そんな程度しか理解できませんでした。

あぁ、学生のころもっと勉強しておけばよかった・・・・これ実感です。

そして、今日のグーグルの検索ページの挿絵も、能力以上のテーマで書こうとして行き詰まりそうな私のことを書いているような気がします。
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by yo-shi2005 | 2017-12-10 20:40 | ひとりごと | Trackback | Comments(0)


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