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2018年 02月 02日

懐かしい昔の話です

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あちこちに雪を降らせた低気圧は静岡だけは雨を降らせて東へ抜けていった。

仕事で郊外と言うほどではないがちょっと町はずれに出かけたら。パン屋の移動販売の車の横を通り過ぎた。こんな日に限ってカメラを持たずに出た。
なのでこの画像は記事とは関係のない人の車です。
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これを見て、昭和40年代に岐阜市内で見かけた、ロバのパン屋さんを思い出した。
昭和40年代全般会社の出張で名鉄岐阜駅から徹明町に行く途中歩道を歩いていると、どこかで聞いたような子どもの歌を鳴らしながら、ロバに小さなリヤカーのようなものをひかせたパン屋が通った。
広い車道を隔てた向こうだので、歌の菓子などは解らなかったがそのメロディーや姿は目に焼き付いていた。
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今は自動車でこんなふうに売りに来るがあの頃はロバがひいていたっけなぁそんなことを感がいながら、その時の商品の見本の入ったカバンが重たかった事、暑い日で歩道を歩くのも大変だったことなどを思い出しながら帰って来た。


帰宅してすぐに「あの時岐阜で聞いたあの歌を聞いてみたい」パソコンの飛びつき、検索した。

「ロバノパン屋さん youtube]

これは有名な歌のようで、いくつもの動画にヒットした。
風景からして、田舎のようで、車でこの歌を流しながらパンを売りに来る動画が見つかった。
この中で、父親らしい人が、女の子に、「何のパンにするの?」と訊くと
「チョコレートパン」と答えた直後に流れた歌の歌詞がチョコレートパンだったときの女の子の様子が姿は映らなかったが何とも可愛かったので、この動画にした。



少し画像検索もしてみると、こんな広告画像が出て来た。
これは岐阜市のパン屋さんの画像だった。あの時のロバのパン屋さんと関係があるのか??。
何か縁がありそうな気がしてきた。
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もっと調べてみると、この歌は作詞、作曲、歌手とはっきりした歌だと分かった。
この歌は1955年(昭和30年)、キングレコードから発売された「パン売りのロバさん」(作詞:矢野亮、作曲:豊田稔、歌:近藤圭子。

当時の近藤恵子さん。この方は現在も活躍中の音楽家です。
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では名曲をもう一度ノーカットでどうぞ。





                           ・
by yo-shi2005 | 2018-02-02 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(0)
2017年 12月 15日

一回り小さいミシン

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もうだいぶ前に友人からもらった家庭用の電動ミシンがあるが、モーターの力が弱すぎて使えない。

最近腹の周りに贅肉がついてズボンのウエストが閉まらなくなってしまったので、ちょっと直そうと思ったが、このミシンではモーターの力が弱湧くて縫えないのでsのままになっている。

「職業用ミシンが一台あるといいんだが・・・」

いつもそう思っていた。親しいミシンやでそんな話をしたら、「工業用が一台あるよ」と言いうので、それを抑えておいてくれと頼んでおいた。

その時点では現物は見ていなかった。どんなのでもいい、形していればあとは自分で何とかすればいい。と思っていた。

そして今日、ミシンやに電話をして、い「一時間くらいしたら行くから」と言って出かけた。

行って見ると、ミシン屋の店先にきれいに磨いた機械が一台置いてあった。
「電源コードのコネクターがどこかに行っちゃったんだけど・・・」と申し訳なさそうに言う。
「そんなものいいや、俺が何とかするから」



早速買ってきて、とりあえず車から降ろして玄関前に・・・
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私が普段使っているミシンの半分もないくらいの重さだ。
でも形も同じようなミシンで構造もほとんど同じです、一回り小さいだけです。

ミシンをいじるのが好きでこの商売をしている私は、すぐにでも動かしてみたい。
機械の部分だけを仕事場に持って行って、古い家庭用のミシンからコネクターを取り外して、このミシンに繋いだ。
仮接続だ。
配線はこれでいい筈だ。

仮廃線
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コンセントに繋いで、足踏みスイッチを少し踏んでみた。
モーターが静かな音で回りはじめた。
次第に強く踏むと、いい調子で回る。

よーし、これなら使えるぞ。

下糸用の釜も普段使っている工業用と共通だし、ボビンもボビンケースも同じだ。みんなあるもので間に合う。
上糸もかけた。
抑えも使える。

ウエス用のぼろきれを挟んで縫ってみた。
ちょっと音が大きいが縫える、糸調子を治せばこれで上等だ。

試し縫い
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釜のあたりの汚れを取って注油して。

音が大きいのは、調整で直ると思う、本当は完全な状態までなおしたかった。
こんなことをしていれば飯なんか食わなくっても平気なのだけれど。

でもブログを書かなくっちゃならない。
仕方なくミシンの調整は、中断した。

ミシンのことに詳しくない読者のためにちょっと蘊蓄を

今では家庭用のミシンも種類が増えてきたが、ごく大雑把に分けると普通課程で使っているものは家庭用ミシンと言って小型軽量にできている。

そして洋服屋の仕立て屋などで使うミシンが一回り大きい職業用ミシン。

そしてそれよりも頑丈で大きいのが、工業用ミシンでそれよりも大きなものは特殊ミシンで、中にはベニヤ板でも縫えるようなものもある。
私が今回手に入れたのはその中間の職業用ミシンで、私の場合はこれは仕事用には使わない。
でも名前は職業用ミシンです。このミシンの取説の表紙にもこう書いてあります。
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Professional だからアメリカでも職業用と呼んでいるようです。
この機械はアメリカのメーカーの物です。

私には、いわば遊び用ですけど。




                      ・
by yo-shi2005 | 2017-12-15 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(2)
2017年 08月 17日

初めての帰省の思い出

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読みっぱなしになっていた古新聞を片付けていたら、月始めの夕刊にこんな記事を見つけた。

作家の重松清さんの、ご自分の思い出を書かれたもので、読んでいくうちに、「そうだったなぁ、俺もそうだった」「俺のおっかさんも必要以上に心配してくれたっけなぁ」なんてことが次々と出てくる。
重松さんの場合は40年前だそうだが、私の場合は半世紀を超えている。
ちょっと文字が小さいですが、新聞の切り抜きです。

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私の場合は、商業高校を卒業してすぐに上京して、全従業員100名あまりの会社に就職した。
アパートを借りて・・・なんてことは夢にも考えず、早速寮生活だ。

昭和〇〇年3月22日10時までに本社に来て、入社式に臨むようにと会社から通知を貰っていたので、当時は汽車で上野までおよそ3時間かかったから、朝薄暗いうちに家を出て、一緒に入社する同級生の友達と高崎駅で待ち合わせて、彼は会社までの電車の乗り換えを知っていたので一緒に行った。

それから4か月。
待ちに待った帰省できるシーズンが来た。
当時会社は毎月1日と15日が全休それ以外の日は、毎日仕事、だから一泊二日で全員同時に休みを取ることはできなかった。
そこで、それぞれから希望を取って、なるべく希望に沿うように帰省する日を会社が割り振ってくれた。
私は順番が早く、7月に帰れることになった。

早速家にはがきを出した。「七月二十五日に帰ります」と。

家から来るときは学生服で来たので、ズボンとシャツを買った。
お土産も買った。
前夜はなかなか眠れなかったのを覚えている。
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3時間汽車に揺られ、高崎を過ぎて、降りる駅に着いた。
通学していた駅そのままなのに、4が月しか過ぎていないのにやたら懐かしく感じた。

そこから歩きなれた十数分の田舎道を歩き、家に着いた。

「ただいまぁー」・・・・やっぱり只今だった。

最初に奥の方から出て来たのは私が一番かわいがっていた、兄貴の次男坊のMだった。
「あっ、おいちゃんだぁ」
「おぉ、M おおきくなったなぁ、はぁ、おしめはいらねぇんかぁ」
そこまで言うのがやっとだった、甥を抱き上げて、私は涙を抑えるのが精いっぱいだったのだ。

それから、母や兄貴、父親とそれぞれ出てきてみんなと和やかに挨拶をした

これが私の帰省一年生になった瞬間だった。

生家に帰って両親に遭って様子を見てくる、これが帰省なのだそうだ。
だから当時は帰省で正しかったのだがその後父も母も他界した。だから今は生家に帰ってもこれは帰省とは言わないわけだ。ではなんというと言われてもそれは知らない。
それにここで生家と書いたが、実家とは、お嫁に行った娘が生まれ育った家のことを実家というのであって、我々の場合は実家とは言わないのだそうだ。これは生家でよいのだそうだ。

e0033229_19102146.jpgところで生家に帰った私は家族に少しはいいとこを見せたいと思っていたところに、チリンチリンとベルの音が聞こえて来た。
アイスキャンデー屋だ。
「よし、これにしよう」
妹を呼んで大きなどんぶりを持ってこさせた。
「キャンデー屋さーん、ちょっと待って」
家じゅうみんなに一本ずつアイスキャンデーをごちそうした。当時我が家は人数が多かったがそれでも50円もかからなかったと思う。


みんながおいしそうにアイスキャンデーを食ってる姿を見て私も嬉しかったが・・・・
おっかさんは
「よし、無駄遣いするんじゃねぇよ、一生懸命働いて貰った給料なんだから大切にしなよ」

やっぱり母親は、俺が何をしても、何を言っても、心配してくれているんだなとその時しみじみ感じた。

あの当時、生家のある群馬県までの往復の費用は、500円あればちょっとしたお土産まで買えた。
by yo-shi2005 | 2017-08-17 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 23日

故郷は 遠くにありて 想うもの

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ふるさと群馬に行ってまいりました。
帰宅は21時20分でした、そして、トリップメーターは818キロメーターを表示していました。

いって来たが やっぱり遠い 故郷は

      三日で走った 800キロ      よし

朝、ホテルで急いで朝食を済ませて市内に嫁いだ二つ違いの姉の所に行った。
電話してあったので姉は待っていてくれた。話が弾んで姉と別れたのは11時半を回っていた、急いで実家のお墓へお参りに。
そこでも話が弾んで、出発が予定よりも2時間も遅くなった。
始めは、群馬県の実家から帰るのに長野県から山梨県を通って静岡県に入るルートを予定して、出がけに実家の若い衆に道順をしっかり聞いて出かけたのだが、途中で道がわからなくなり、道端にいたおじさんに聞いてみた。
「静岡へ行くんだけど、東京近辺を通らないで行こうとして、うちで教えてもらって来たんだけど・・・」
そのおじさんルートを詳しく教えてくれただのだが、最後に・・・
「だけど、あんた、このコースで静岡まで行ったら、夜中みたいな時間になっちゃうよ、圏央道を行った方が安全だよ」と・・・・

結局いつもの高速で帰ることにした。

何故圏央道を通らないように考えたかというと・・・・

これがおかしいのです、あのあたりの地理に詳しい人ならわかると思いますが・・・・。
関越道から圏央道に入り八王子を過ぎて東名高速に入るところで、今までに2回道を間違えて、その先の寒川町まで行ってしまったのです。
そこであるいは自分の何か勘違いか間違いがあるのではないかと、気を付けながら、進んでいくと東名高速に入るにはどう考えても左のランプウエイに入らなくてはいけないと思うし、道路の表示もそうなっているんです。ただひとりナビだけが「700m先直進方向です」「300m先直進方向です最後に分岐点でも「直進です」っていうのです。
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そして、これだけ言うんだからと、ナビ言う通り直進しました。すると茅ヶ崎方向で、次のインターは寒川北インターでした
そのインターでわけを話して、もう一度そのインターから高速に入る道を教えてもらって、この前の時よりも、下道をうろうろしなかっただけ早く、軌道修正が出来ました。…ナビのやつ!!。

日曜日は毎週必ず大河ドラマを見ていますがそんなことをしていたので、家まで走っては間に合わないと思い途中のサービスエリアでナビのテレビで大河ドラマを見て帰ってきたようなわけでした。
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上り線のSAにできた、観覧車が綺麗でした。
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まだ書きたいことはたくさんありますが、遅くなりますので、今宵はこれまでということにします。
投稿が大変遅くなり、申し訳ありませんでした。






by yo-shi2005 | 2017-07-23 22:55 | 随想 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 19日

若き頃 震える指で 初電話

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今では、電話と言えば携帯やスマホのことを言うようになりつつあり、昔から家庭に設置してある電話は、「固定電話」とか「黒電話」などと言わないと通じなくなりそうだ。

そんな電話万能の時代、電話今昔の話をどうぞ。


毎日見ていながら・・・・

私はM社の 乳酸飲料を配達してもらって毎日飲んでいる、配達は週に二回となっていて、火曜日と金曜日だ。

ところがこの21日金曜日は私は出かける事になった。冬なら玄関前の保冷箱に入れておいてもらえば一日や二日は大丈夫だが、この季節はそんなわけにはいかない。
そこで、配達してくれるお店に電話して、一回だけ配達を休んでもらおうと思った。

ところが、そのお店の電話番号がわからない、最近は携帯もスマホも電話番号は機械が覚えていてくれるから、人間は電話番号を覚えなくなった。
それはいいとしても電話帳に入力しておかなければ、機械だってその番号は知らない。
配達のお店からは毎月一度社名の入った通知が来るのだが、それも捨ててしまった。
さぁ困った。お店の名前も覚えていないし。

「あっ、そうだ、これに何か書いてあるかもしれない」と思い付いたのは、配達された乳酸飲料だ。瓶の表に何か書いてあったぞ・・・。
冷蔵庫から出してみた。
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書いてある、お客様相談センターとある。
販売店は解らないが、ここに電話すれば何とかなるだろう。
相手は京都のようだが、フリーダイヤルに電話してみた。

オペレーターのおねぇさんに、これこれこうゆうわけで電話番号がわからなくって・・・・
というと、おねぇさんは落ち着いて・・・
「配達しているわけですね」「はいそうです」
「それではお宅様の玄関か勝手口に、配達用の保冷ボックスがあると思いますが」
「玄関にあります」「その保冷ボックスの横に、販売店の名前と電話番号が印刷されていますのでそちらにお電話をおかけ下されば・・・・」
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電話を持ったまま玄関に出てみると、確かに番号が書いてあった。
ボックスのすぐ横を毎日何度となく通っている私の知らないことを、京都にいるオペレーターのおねぇさんに教えてもらったことになる。
それにしても、電話なんてものは番号がわからなければ何の役にも立たないものだ。

・・・・

このカッコはどうするのですか?

私が生まれ育ったところは群馬県の片田舎JRの駅まで10分余りの所の、50戸ほどの集落だった。
その当時その50戸の中で電話を設置してある家はなかった。
無くても何とか間に合っていたのだった。
考えてみればここに集落が出来て何百年もの間電話なんかなかったのだから。
そんな田舎で育って、高校は高崎まで通ったが、電話とは縁のない3年間だった。
そんな田舎者が、東京のど真ん中の会社に就職した。
新入生は30人ほど、一週間の研修があったが、その間も電話の扱い方などは教えてくれなかった。

ある営業所に配属されて、まだ役には立たないながらも一生懸命働いていた。
ある日、先輩から「〇〇営業所に行ってXXさんからこのメモの物を貰ってきてくれ」と頼まれた。

「はじめてのおつかい」だった。
〇〇営業所にいって、XXさんに話すと「このメモのここんとこがわからないから、電話できいてみてくれ」と言われた。
さぁ困った。私はまだ自分で電話を掛けたことがなかった。

そのころの電話このタイプだったと思う。
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私の営業所の電話番号は (00)0000という6ケタの番号であることは頭に叩き込んでいたが、電話機の扱いがわからない。
私の様子を見ていたXXさんは、「電話を掛けるときは、この受話器を持ってその数字の穴に指を入れて、時計の針の方向に指がつかえるまで廻して離せばいいんだよ」と親切に教えてくれた。
ところが、いざやろうと思ったら、また困った??。
ダイヤルの穴の中に数字があるけど、カッコの見える穴がない。かっこはどうやればいいんだろう???。
思い切ってXXさんに聞いた「このカッコはどうやるんですか?」
「そのカッコは無視して数字だけやればいいんだよ(笑)」と教えてくれた。

震える指で6回じーこ、じーことやったらちょっとして「はいYY会社です」
繋がったのだ!。

今ではとても考えられないような私の初電話物語だ。
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俺の初電話



この電話

見るたび思う

 若き日に

カッコを回すに

悩む己を

 



by yo-shi2005 | 2017-07-19 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(0)
2017年 07月 15日

縁起物郷土玩具おかんじゃけ

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20〇〇年の昨日(お盆の14)日)のことだった。

結婚したばかりの初々しかった妻が私に言った。
「ねぇ、おかんじゃけって知ってる?」
「おかんじゃけ?しらないなぁ、お燗酒なら知ってるけど」
「そうじゃないよ、この山に入ったところのおとうけんさんの縁日で売ってる玩具みたいなの」
「知らないなぁ」

はるか昔に、そんな会話をした覚えがあるのを思い出した。
そして今朝の新聞を見ると、そのおかんじゃけの記事が載っていたのには驚いた。
静岡新聞2017.07.15 切り抜き
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妻との会話の中のおとうけんさんとは、私が春の早いころに蝋梅の花を見に行ったり、梅の花を見に行ったりする、静岡市郊外の古刹 洞慶院のことである。

7月19日20日の縁日の市で地元の人が作ったこのおかんじゃけが縁起物として、これを持っていると、夏負けをしないと言われてよく買われていたようだった。

おかんじゃけとは、今年タケノコからようやく竹になったばかりの柔らかい(静岡弁ではみるい)竹を切って、金づちでたたくとまだ柔らかいので繊維だけが残ってふさふさしたものになる。
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これを神棚に飾ったり、女の子はお人形の守のように結ってみたりしたものだそうだ。

同慶院の本堂にはこんな立派なものが奉納されているとか。
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ところが最近ではおもちゃとしての人気もいまいちで、縁起物として買い求める人も昔ほどはなく、次第にそれを作る人も減り、その技術の継承もままならないようだ。

子どもたちを対象におかんじゃけ作りの講習会も行われている
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このユニークな名前は 「おかん=お髪・じゃけ=竹」からきているようだ。

珍しい縁起物の思い出とともに初々しかった妻を思い出した・・・・・
・・あの頃は俺も若かった。・・・・いつの間にかこんな爺様に・・・考えないことにしているんだっけ。
by yo-shi2005 | 2017-07-15 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(4)
2017年 05月 19日

私とスーパーマーケット PART3

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この3月にも書いた記憶があるが、私は独身で食材を買ってきて自分で作って食べることを基本としている、しかしその基本を外れることが最近は多くなってきた。

それに、いつも行くスーパーは決めている、あっちが安いとかこっちがポイントがどうのというようなことでは浮気はしない。

それに、いつも新聞の折り込みチラシに目を配っていて、このスーパーの折り込みが入った日は、たとえ冷蔵庫が空っぽでも買い物には行かない。
混雑するスーパーは嫌いなのだ。

平日の11時半ころに店に入るとゆっくり買い物ができる。レジも並ばなくて済む。

明日は週末で、チラシが入るかもしれないし冷蔵庫の中もさみしくなってきたので、11時半に家を出て行って来た。

ゆったりと落ち着いて買い物ができた。

買い物バッグを持って行くとエコポイントが付く。
今日もこんなに買って来た。
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ヘルスメーターに載せてみたら14kあった。
レジでこの袋を出して、
「この中に入れてちょうだい」

そしてレジを打ち始めると・・・
卵は真ん中辺にね」とか、「パンは一番上にして」などと注文を付ける。

帰って来たら12時20分になっていたが、まず買って来たものを全部調理台の上に出して。冷蔵庫、冷凍庫、野菜室、常温の引き出しと分けてそれぞれ収納するが中でも、
キャベツは、ヘタを少し切って、キッチンペーパーを濡らしてそのヘタにぺったり張り付けて、
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小さいレジ袋に入れて密封して野菜室へ
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ホウレンソウや小松菜は、昼間は茹でない(この時間帯は電気代が高い)
袋の下を切って根の部分を出して、根をを少し切って水につけておいて、夜になってから茹でる。
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今日はすぐに茹でるが、茹でないで生で保存するときは根を少し切って
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このケースにやはり濡らしたキッチンペーパーを隅の方に入れてホウレンソウを入れて立てておくと、「このホウレンソウはいつ買ったんだっけ?」と思うほどシャキッと長持ちする。

これらは主夫の知恵ですが、このブログはベテラン主婦の方が大勢ごらんになっているので、
「そうじゃないわよ、こうした方がいいのよ」なんて知恵をお持ちでしたらぜひ教えていただきたいと思います。



by yo-shi2005 | 2017-05-19 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(2)
2017年 03月 17日

別れても好きなヤツ

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話すと長くなりそうですが、まぁお聞きください。
別れを告げたのは昨年6月19日のことだったのです。

いえ、相手は人間じゃないのです。
それまで5年の付き合いだったのですが、そのころになって、二つ折りの蓋を開けても、なかなか立ち上がらなくなってしまったのです。

いわゆるガラケイのことなんです。
前に私のガラケイ遍歴を並べたことがありましたが、そのなかの、エメラルドグリーンのやつです。

そこで、いつも行くドコモショップに連れて行ったのです。
するとその時対応してくれた男性店員は、
「これはもう寿命で修理するよりも機種を買えた方がよろしいですよ」っていうんです。
それで、一つ持ってきて、「これがおすすめです」

仕方なくそれを買ってきました。
買って来たときから使い勝手がわるいんです。
でも、おとなしい私は・・・・
「5年も手になじんできた機械を新しいのにしたんだから、そのうち慣れればいいだろう」と自分に言い聞かせて使っていました。

ところが、この機械がマナーモードのボタンが外の横についているのです。
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このケースから出すときうっかり押してしまっていたようで、迷惑をかけていました。

そこで、前の機械のほうがよかったなぁと思うようになり、ITに詳しい友人にその話をしたのです。
すると友人は行きつけのドコモショップに行っていろいろと聞いてきてくれて、
「前のケイタイが使える状態なら、前の機械にシムカードを入れ替えて使うことが出来るということを教えてくれたのです。

そこで前のケイタイに充電してみたのです。フル充電して、普段携帯を使うくらいの頻度で開けてみていたのですが4日間十分に電池が使えるんです。


立ち上がりの遅いのが気になっていたので、その対策をネットで調べたら、いろいろな方法が書いてありましたが、こんな話でした。

携帯のCPUは同時に複数の仕事ができない、だから、立ち上げの時にCPUが働らかなければならないようなアプリはなるべく削除した方がよいとのことでした。

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ドコモショップは10時開店です。ちょっと遅くいくと40分から1時間くらい待たされます。
そこで開店の10分ほど前に行って待っていました。

相談の相手をしてくれたのは落ち着いた風情の女性でした。(指輪でわかる既婚者)
とても親切で、詳しく説明してくれました。

使い勝手が悪いことを話して、前の機械にシムカードを入れ替えて使いたいと話すと、
「シムカーど代が2160円かかりますけどできますよ」という。
そこでネットで見たことも話して、待ち受け画面の動画や、ひつじがうろうろしているのも、GPSも全部消してもらった。
歩数計だけは残してもらった。これはこの機械の便利グッズだから。

今はまるで新品のように調子がいい。
ドコモのおねぇさんもとても親切に対応してくれたし。
気に入っていたケイタイとの再会で、別れた人と突然であったようなルンルン気分で帰って来た。
11時過ぎだった。
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今度ドコモショップに行くときはあのおねぇさんを指名しようと思うくらい親切に対応してくれた。

携帯はふたを開けるとすぐに画面が出て、新品同様の感じ。
親切に調べてくれた友人にも感謝。

今夜は晩酌がおいしく頂けそうだ。



by yo-shi2005 | 2017-03-17 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(2)
2017年 03月 06日

スーパーマーケットと私

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毎日コップ一杯の牛乳をお昼に飲んでいる。

今日お昼に飲んだらパックが空っぽになってしまった。

「あれぇ?この前スーパーに行ったとき1リッターパックと500ミリを一個ずつ買ったような気がしたけど・・・・」


私はほぼ週一回食材を買いにスーパーに行く、時には必要なものが出来ると、それだけを買いに夜になってウオーキングを兼ねて歩いていくこともある。

よく調べてみたら牛乳一本半買ったのはもう2週間も前のことだった。

まだこの前スーパーに行ってからそんなに日が経っていないような気がしていたが、冷蔵庫のすき具合は一週間を意味している。レシートを調べてみたらちょうど一週間だった。
午後店のすいてる時間帯を狙って行ってきた。いつも行く店だ。
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一階が店舗、二階と三階は駐車場、私はいつも二階に車を止める。エレベーターはあるが、使ったことがない。いろいろ買って15kgもある袋をぶら下げてエレベーターの前を通って、横の階段を上る、エレベーターを待っていた人より先に二階に着くと気分がいい。

私は混んでいる店で買い物をするのが嫌いだ。
この店も売り出しの時は、ものすごく混む、車で二階の駐車場まで上がってみて、あんまり混んでいるようだとそのまま帰ってきてしまうことがよくある。そんな日の食生活は貧粗なものになる。

そもそも、昔は、スーパーで買い物をするのが嫌いだった。妻と一緒に買い物に行くといつも後ろについて篭持ち役だった。
そんな私に妻は
「あんた、食べたいものがあったらかごに入れて」とよく言った。

その妻が他界してからは、自分が食うためには買い物に行くしかないと腹を決めて、妻が使っていたポイントカードをもってスーパーに通っていた。

ところがそのスーパーが大手スーパーに吸収されて、その店は撤退してしまった。
それから5kmも離れた店に行くようになった。(近くにもスーパーはあるのだが・・・)


三年ほど前に我が家から1.2kmほどのところに、この店ができて便利になった。
この店は四人掛けの椅子とテーブルが用意されていて、イートインができるようになっている。


いつも行くと必ず買って来るのがこれ
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一度食べて病みつきになってそれから毎回買っている。

そして
「〇〇のおいしい牛乳」なんて宣伝している牛乳よりももっとおいしいこの牛乳を買う。
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最近見つけて好きになったのがこれ
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今日もそんなものと野菜、肉、魚などを買って来た。

このスーパーではポイントが5000ポイントになるとその場で現金5000円をくれる。
もう3回ほど貰った。
ささやかな楽しみだ。今日ももう少したくさん買えば5000円になるところだったがちょっと足りなかった。
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次回は5000円になるだろう。

そんなこんなで粗末な食生活を楽しんでいるyo-shi2005なのであります。

とりとめのないことを書きました。



by yo-shi2005 | 2017-03-06 20:05 | 随想 | Trackback | Comments(2)
2017年 02月 01日

ほうれんそう

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スーパーに食材を買いに行った。

冷凍したほうれん草が終わったから買おうと、野菜コーナーへ。

目についたのが、ふるさとぐんまのホウレンソウ、それも、この季節にはときどき見かけるがまだ買ったことのなかった縮みホウレンソウだ。
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茹でるまでの間水揚げさせようと袋からだして、びっくり。
一袋に二株しか入っていない。でも、ボールに水を張って入れたら・・・
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これは群馬県の厳しい環境の中で、空っ風に耐え、霜の冷たさに耐えながら、首をすくめるようにして育ったので砂がついているかもしれないと注意書きが添えてあった。

茹でてみた。

まず、シンプルに、お浸しで食べてみた。
普段はお浸しというと、おかかをかけてたべるのだが、まずはこのまま、お醤油だけで・・・。
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甘ーい!。茎が甘い。普段は根っこは食べないが、試しに食べてみた、これがまた甘い。

思い出せば、私の母は、ホウレンソウの根っこが好きで、「こんな甘くて美味いものを捨てちゃぁ勿体ない」と言いながら食べていたっけ。


ホウレンソウでもう一つ思い出したことがある。

私の育ったのは群馬県の片田舎の農家だが、その頃農家では「せんぜい畑」と言って宅地の隅か地続きの畑を持っていてそこで自家消費用の野菜などを育てていた。

私が中学生のころ、父に、学校で男子は「農業科」女子は「家庭科」をやるようになったと話したことがあった。

e0033229_18113545.jpgそして夏の終わりのころのこと、父は一握りの「マキビシ」のような種をもってきて、「ほうれん草の種だ、せんぜいの隅に蒔いて育ててみな」と言った。


父のアドバイスは、種を蒔く前に、土を耕して、たい肥をすきこんで、ほうれん草は酸性の土を嫌うから、かまどの灰をもってって土とよく混ぜてその後で種を蒔くんだ。

それだけだった。

言うとおりにして、水をかけておいた。

「いつ芽がでるか」と毎日のように見に行った。
「何日かすると、緑色の双葉が出て来た。
嬉しくなって、毎日水やりをした。

時にはかまどの灰を持って行って播いてやった。
納屋に、田圃に播いた肥料の残りがあったので、一掴み持って行って、播いたりもした。

父は「あんまり厚植えじゃ育ちが悪いから、ちっとうるぬいて風通しを良くしてやった方がいい」と教えてくれた。

自分でもびっくりするほどよく育った。
イメージ
e0033229_18335034.jpg


ある日、学校から帰ってきて、水をもってせんぜい畑に行くと・・・・。

あれ??、俺のホウレンソウがねぇ。

あわてて、家に行って母に聞くと・・・

「今日なぁ、街の八百屋が来て、あれを売ってくれっつうんだぃ、だから、あれは倅が一生懸命育てたやつだから、勝手に売るわけにゃぃいかねぇっつったんだけど、あんないいホウレンソウはなかなか手にへぇらねぇから、ぜひ売ってくれっつって、きかねぇんだ、しょうがねぇで、それじゃぁ、倅に怒られるかもしんねぇけど、その代り値ぇ良く買ってってくんなよ。っつって売っちゃったんだ」
という。

八百屋にそんなにほめられりゃぁ悪い気はしなかった私に母は、
お金はここに65円預かってる。と言って、あの頃の古い十円札と五円札をくれた。

父に話すと、「それはお前が一生懸命育てた報酬だ、大事に使いな」と言ってくれた。

あの頃の65円は中学生には大金だった。

土に埋もれながら育ったような群馬県生まれのホウレンソウを食って見て、そんなことを思い出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・

文中の言葉解説

せんぜい畑・・・農家では売り物用の農作物も家で食べたが、特に売り物にするつもりはなく自家消費用に家の庭の隅や近くの畑に専用に作っていた。その畑を「せんぜい畑」といった。

e0033229_20535110.jpgマキビシ(撒き菱)・・・水草のヒシの実を乾燥したもので忍者が追っ手から逃れるために播いた。その上を歩くととげが足に刺さって歩けなくなるもの。

うるぬいて・・・間引きのことで、種を蒔くときは発芽の状態がわからないので種を厚く播いておくが、途中で育ちの悪いのもを間引いて元気な苗だけを育てる。

実は、両親の言葉はもっと群馬の方言で話していたが、分かりやすくするために共通語に近くした。





by yo-shi2005 | 2017-02-01 20:24 | 随想 | Trackback | Comments(0)


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